2月7日は北方領土の日だが、国民全体の認知度が低いような気がする。今日は大船で中村県議の新春のつどいが開かれ、私も私の大船後援会もお手伝いしたが、会場の方々と話しても、そんな話題はかけらも出なかった。私がいかに再起を果たしていくか、地元の皆さんから温かい励ましをいただき感謝している。
北方領土の話に戻るが、何で2月7日かというと、そもそも、1885年に下田で日魯通好条約が結ばれた日で、それにちなんだらしい。制定が昭和55(1980)年だから、ソ連もブレジネフ書記長の権力の最盛期。ソ連はアフガンに侵攻し、アメリカのレーガン大統領もSDI計画で対抗し、米ソ冷戦構造がピークの時期だった。そうしたソ連の対日感情を無用に刺激しないようにした配慮だろうが、北方領土の日は8月8日にすべきではなかろうか。
昭和20年8月8日、ソ連は日ソ中立条約(昭和21年4月まで期限)を一方的に破棄し、千島・樺太に侵攻した。条約の破棄など道義的問題を問うよりも、戦争は勝者が歴史を作るのが歴史の常である。ソ連からすれば、ヤルタ協定の順守ということだろうが、侵攻を決断したスターリンは「シベリア出兵、日露戦争の時の敵だ」と言ったとされている。突然に侵攻された千島・樺太の邦人たちは阿鼻叫喚の地獄である。T34戦車始め、強力なソ連の機甲師団に残された日本軍は善戦したものの、現地の日本人はソ連兵に財産や貞操、あるいは命を奪われ、蹂躙された。シベリアへ連行された者もいる。
保守派やちょっとでも現代史をさらった人なら知っている常識だが、学校の歴史教育でも殊更に学ばないし、国民全体に事実が浸透しているとは言い難い。無論、日本とアメリカが戦争したことすら知らない国民も数多くいるのだが…日本人はこうした歴史事実を、8月8日を通じて伝承すべきだ。マスコミの役割も大きい。
実はロシアのエイリツィン元大統領はシベリア抑留について、日本に対し謝罪の言葉を述べている。冷戦崩壊後、確か平成4(1992)年か平成5年ごろだったと思うが、当時大学生だった私は大変に驚いた記憶がある。
日本政府は特に戦後は主権意識が欠けている。我が国の国民が他国に不当な強制力により、生命や財産を奪われる危険が生じた場合、やはり国家の威信をかけて守らなくてはならないのだ。2月7日を8月8日に変えることは国会で可能だ。次回に国会に返り咲いたら、こうした動きも加速させたい。
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