外務省の有識者委員会が日米の「密約」の存在を認める報告書をまとめた。米側の対応は平静を装っているが、日米関係の根幹を崩すものとして大きく国益を損なう報告であろう。
密約があったかどうかより、当時の日本が置かれた状況で、佐藤内閣始め先人がいかに苦心して日本の体面を保ちつつ、アメリカの実質的な防衛力の恩恵を享受できるか徹底的に配慮し、決断した点に注目すべきだ。そして、これが国益というものだ。そうした国益を考え抜き、リアリストとして国民の利益を最大限に考えた先人の英知をむしろ、誇りに思うべきである。
当然、原水爆の団体などは「これまで国民を欺いた罪は重い」というトーンでコメントしているが、こうした意見にくみする一部の人たちは、そもそも日米安保の意味や経緯、原則をもう一度考え直す必要がある。子供でも分かるように簡略化して言えば、日米安保は日本に米軍基地を置く代わりに、米国の軍隊で日本を守ってもらうことである。
日本政府は昭和40年代前半、東西冷戦構造の下、実質的にアメリカの核の傘の下で戦略的に守ってもらう反面、唯一の被爆国としての国民感情に配慮した対応を余儀なくされた。それから約40年間、日本に核が持ち込まれたか本気で議論しようとすること自体が、平和ボケというか、国家の統治について何も考えない阿呆の所業だ。政治家に至っては為政者の資格はない。与野党ともにこうした議論をまともに振りかざすこと自体、国会があたかも幼稚園になったかのように感じる。
私はたとえ「密約」があったとしても、国家が公にそれを認めてはならないと考える。それが、国家の威信であり、国民の生命と財産を守ることにつながるからだ。もし、核持ち込みについて日本とアメリカが毎回協議することを義務としてしまったら、アメリカも戦略上、日本を兵站とすることに見直しせざるを得ないだろう。そうなったら、自力で自国を守ることができない国はどうするのか?日本は複雑な国際関係や安全保障は全てアメリカと連携し、国内の経済繁栄に全力を傾注することができた。結果として日本は平和が保たれ、国民の生活水準は向上した。
こうした当然の理を当時の指導者たちは全て理解し、そして決断した。今回の「密約」報告書は、アメリカの立場からすると、民主党政権の危うさを徹底的にさらけ出したことになり、今後のパートナーとするには到底考えられないという結論に達したのではないかと考えられる。5月までに結論付けるとした普天間移転問題とともに、二重三重の失望につながる。政権交代の大きな代償だろう。
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