平成22年の幕開けを心よりお慶び申し上げます。元旦は恒例の元朝式に出席し、二日は靖国神社に参拝。
その他は風邪で休んでいたり、書類整理をしたり、家族と久々にお正月らしい日々を過ごさせていただきました。例年だと、選挙の決意ばかり語っていましたが、今年は今できることを確実に行うことができる積み重ねの年にしたいと思います。そして、皆様の期待に応え、次期衆院選では必ず捲土重来を期することをお誓いします。
靖国神社では毎年、昇殿することが習慣になっております。英霊の方々に議席が守れずに国会で発言できないことをお詫びし、現職でないからこそできること、一つ一つこなすと約束しました。
書類整理をしていると、平成17年の総選挙について書かれた新聞や雑誌が出てきました。小泉自民党が圧勝し、独裁が危惧されたり、民主党の情けなさを憂うようなトーンで記事が書かれているのが懐かしかったです。一方、その時に掲げられた景気回復や憲法改正、少子化始め社会保障の抜本的解決など根幹的な課題はほとんど解決されていないのではないかと反省しました。4年間も国会にいて、一個人、一国会議員としては努力したつもりであるが、全体的なウェーブを起こし、国を変えるには至らなかったと。昨年の審判は、歴史の必然かもしれません。しかし、民主党政権の本質を見るのはこれからでしょう。
一方、政権与党の受け皿となるべき自民党はどうでしょうか。何故、シャドーキャビネットすら組織しないのか?何故、今年の参院選に対し、1人区や2人区で勝てるような有効な道筋を示さないのでしょうか?何故、日米関係や天皇陛下の政治利用、小沢・鳩山の政治とカネ問題について厳しく追及し、アンチテーゼを示さないのでしょうか?何故、参院のボスや70歳以上の派閥領袖や大臣経験者クラスの元議員の人たちの立候補について無条件に公認してしまうのでしょうか?何故、無党派対策が選挙において一番求められる昨今に、党員や地方組織の足元ばかり見てしまうのでしょうか?
民主党がダメで、その受け皿の野党、自民党がダメなら、日本人はどこに行けばいいのか。不幸ながらも、日本の政治全体がいよいよ本当の混迷の時代になりつつあります。自民党に限らず、本当に日本人のDNAを呼び覚まし、自信を持って一票を投じられる政党が必要なのではないでしょうか。
そんな中、社会全体が「昭和」を見直すというか、懐かしむ傾向があるように感じてなりません。単に昭和の良い部分を現代に取り入れようとするなら肯定すべきですが、バブルや地下高騰を懐かしむような風潮はあまり褒められません。確かに昭和から平成の始めは、普通に就職できて、終身雇用で安定していたし、退職金・有価証券もまともな利子がつき、さらに年金は高水準で分配されました。だから、人々にも余裕があり、社会全体が人情の機微をより感じられた、あるいはドラマやコントのストーリーひとつにしても、何事にも作りが丁寧だったように思われます。
景気で言えば、今からちょうど20年前が東証株価の最高値を記録しましたが、その時がバブルのピーク。
仕事は好きなだけあったし、土地も高騰し、現金も余っていました。日本中はおかしくなったが、日本人全体の生活ベースが上がったことも事実です。それから20年。私は平成7年の入社でしたから、不景気しか知りません。学校で習ったことはマルクス経済学はおろか、ケインズも全く役立たないことを、新聞記者をやりながら実感しました。ゼミで社会保障論を選んだことも、将来の少子高齢化社会に対応するには、経済学的視点を学んでおけば、政治家になった時に役に立つと考えたからです。
現代は土地本位制だけを残しながら、投資するべき対象すら限定されてしまった。デフレも極端で、現金が一番強く、残っていた隙間も次々と切り詰められ、社会全体が世知辛く、遊びがなくなったように思われます。
今、政治がなすべきことは何か?日本人の財産を総点検し、特性を伸ばしていくことではないでしょうか。つまり、世界に冠たる皇室文化を広め、日米安保の重要性を認識しながらも、自主独立の日本の将来を見据えること。さらに、日本の近現代の歴史認識について政府が統一見解を示し、日本人全体が自信と誇りを持ち、人が生まれてから死ぬまで、頑張れば必ず報われるというような社会システムを構築しなくてはなりません。今の時代に生きる若者が夢と
希望を持てる社会化というと、私は必ずしも肯定できません。若者が世代間格差を感じる世の中で、社会が活性化することはあるのか。日本の伝統や文化、歴史、勤勉性、経済力、産業、科学、医療技術など格差以上に素晴らしい恩恵を現代だからこそ得ているという実感が働く意欲に変わるはずです。
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