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【4月20日付け代表質問議事録】

4月20日決算行政監視委員会ににて代表質問をした内容について更新をいたします。

○林(潤)分科員 自由民主党の林潤です。

 このたびは、質問の機会をいただきましてありがとうございます。

 本日は、日本の国策の根幹をなします歴史認識や教育問題について質問をさせていただきます。

 まずは、歴史認識の件でありますが、さきの大戦を侵略と断じました村山談話について質問をいたします。

 戦後五十年の節目となった平成七年、当時の村山富市総理が出しました談話が十三年経てなぜまた注目されるのかといえば、それは、自衛隊の当時の田母神俊雄航空幕僚長が発表いたしました論文をめぐり、昨年十月に更迭されたことに端を発します。

 田母神前幕僚長は、「我が国が侵略国家だったというのは濡れ衣」とする論文を発表いたしました。そして、参議院外交防衛委員会で参考人招致された際にも、「村山談話を公然と批判したことはないが、自衛官にも当然言論の自由は認められているはずで、それが村山談話に制約されることはないと思っていた」と答えております。

 ここで問題になりますのは、閣僚はもちろんのこと、政府高官がこうした歴史認識に関する発言をするたびに、村山談話に沿った見解かどうか検証をし、そのかけ離れた程度によって厳重注意やあるいは更迭、罷免といった事態に発展しなければならないのか、そして、それらが招く混乱が日本の政治にとって本当にプラスであるのかという点であります。

 そして、今回の田母神前幕僚長の更迭の根拠となった村山談話そのものも検証しなければなりません。

 そこで、まずお聞きしたいことは、村山談話は日本国政府として一貫した見解なのか、それとも村山内閣のみ有効な見解なのかという点であります。お答え願います。

○小原政府参考人 お答えいたします。

 御質問でございました村山談話でございますが、戦後五十年という節目におきまして、閣議決定をした上で内外に示された談話でございます。

 歴代の内閣によりましても踏襲されてきたものでございまして、現内閣におきましても、さきの大戦にかかわる我が国政府の歴史認識がこの談話や平成十七年八月十五日の小泉内閣総理大臣談話で示されたとおりであることは、これまでも機会あるごとに明らかにされてきているところでございます。

○林(潤)分科員 もちろんそれは理解はできるんですけれども、村山談話というものは、その後の橋本龍太郎総理以降、先ほど御答弁ありましたとおり麻生総理大臣に至るまで、すべての総理が談話を踏襲するということを国会答弁で明らかにしています。もし日本国政府の見解だとするならば、なぜ内閣ごとに談話を踏襲するか否か確認しなければいけないのかということをお聞かせ願います。

 同時に、これからの内閣の方針によっては、村山談話に拘束されない歴史観を打ち出すこともできるのか、その可能性についてお聞かせ願います。

○小原政府参考人 村山談話、これは政府として慎重な検討を重ねて閣議決定をした上で表明した談話でございまして、ただいま申し上げましたように、同談話につきましては、歴代の内閣によって踏襲されてきたものでございます。そうした談話でございまして、先ほども申しましたように、麻生総理におかれましても、私の内閣において引き継いでまいりますと答弁されております。

 そうしたことでございますので、我が国としましては、まさに閣議決定をした上で内外に示された談話ということで、政府の公式見解ということでこれを内外に表明してきているということで理解しております。

○林(潤)分科員 今の答弁の内容でちょっとお答えになっていただいていない部分がありますけれども、これからの内閣の方針によっては村山談話に拘束されるかされないかということは、これは日本国政府の見解だから、されるということでよろしいんでしょうか。

○小原政府参考人 御質問でございますが、お尋ねの点につきまして、これは外務省としてお答えする立場にはございません。

 繰り返しになりますが、村山談話、これは政府として慎重な検討を重ねて閣議決定した上で表明した談話でございます。そういうことで、先ほども申し上げましたように、歴代総理としてそうした談話を引き継いでいくということで答弁してきたというふうに理解しております。

○林(潤)分科員 ここで、村山談話によりますと、その一文、我が国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた、改めて痛切な反省の意を表し、心からおわびの気持ちを表明するとあります。

 日本が戦後、国際社会に復帰してからも、憲法の戦争放棄並びに専守防衛、非核三原則を堅持し、世界に対して平和と民主主義を基調に歩んできたことは疑う余地もありませんし、紛れもない事実であります。その意味では、談話の、国際協調への路線を明確にしたこと、アジアに対して国家としての謝罪の明文化をしたことで一定のけじめをつける意味はあったと考えます。

 しかし、本文では、主語は我が国、そして続くのが、侵略によって苦痛を与えたと断定しています。私個人は、アジア諸国に対し侵略的要素はあったと考えておりますが、はっきり侵略であると断定することが妥当か否かについては、日本人の中にも見解の違いがあると考えております。

 また、いずれも、さきの大戦が不幸な戦争であったことは間違いありませんが、談話に「とりわけアジア諸国」とありますけれども、以外の人々をどう扱うのか、また、アメリカやイギリスなどへの交戦も侵略と断定するかは、明文化されていないにせよ、あいまいな点が数多くあります。歴史観をはっきりしなければ、田母神前幕僚長の更迭騒動を繰り返すような、日本の今後にも混乱を来すおそれがあり、国益を損ねます。

 私個人としては、当時の軍部による中国大陸への進出は侵略的要素があったというふうに考えますが、対米英への宣戦布告、つまり真珠湾攻撃やマレー沖海戦などは侵略とは言いがたく、通常の交戦であったと考えております。

 そこで、政府が考える国際法上の侵略の定義についてお答えください。

○小原政府参考人 お答え申し上げます。

 国際法上、侵略とは、一般に、他国に対する違法な武力の行使を中心とする行為であると考えられておりますが、侵略の定義に関しましてはさまざまな議論が行われておりまして、確立された法的概念としての侵略の定義はないと承知しております。

○林(潤)分科員 確立されていないにもかかわらず、こうやって談話が政府の見解としてずっととどまってしまう、そして、その後の発言に影響を与えてしまうということは、私は、やはりまだまだ議論が必要なのではないかというふうに思います。

 最後に、確認ですけれども、日本国政府が村山談話を基本的に踏襲するならば、すべての政府高官は、歴史認識について公に発信をする場合、その発言はこの談話に制約されるという考え方でよいのか。また、そうした発言によってアジア諸国からの反発があれば、これからも内閣として辞任を促したり、更迭、罷免したり、責任をとるという姿勢でよいのか。お答えください。

○小原政府参考人 ただいまの御質問でございますが、外務省として、お尋ねの質問にお答えする立場にございません。

 ただ、ここで申し上げたいと思いますのは、さきの大戦に関する政府としての認識、これはもうこれまで答弁させていただいたとおりでございますが、村山内閣総理大臣の談話及び小泉総理大臣談話等によって示されてきているとおりであるということでございます。

○林(潤)分科員 政治的に極めてナイーブな問題でありますから、お答えするのは非常に大変だと思いますけれども、村山談話については、アジア諸国に対してけじめとしての謝罪を明文化したり、核廃絶など平和国家に向けた国際協調路線を改めて打ち出したことなど、プラスの部分もあると思います。

 しかし、侵略をめぐる定義の問題、先ほど、違法な武力の行使というのが一般論で使われるとおっしゃいました。しかし、一般論ではなくて、談話の中の侵略という定義がどういうものか、それが同一かどうかということも明らかにされておりません。

 そして、国策を誤った時期について、これについても村山総理自身もはっきりとしていないわけであります。そしてまた、侵略の対象国がどうだったのか。「とりわけアジア諸国」とありますけれども、では米英に対してはどうなのか。

 こうした全体の歴史観があいまいな部分もありまして、これからも国益のためには検証が必要だと考えております。内閣、そして国会、各政党間や民間でも、さらに歴史観に関する議論が活発になることを私は望みます。

 次に、教育問題について、国語政策を中心に質問をいたします。

 さて、国語をめぐりましては、昨年の五月、乱れた日本語を正そう、まずは母国語の教育が大切であると、国語を考える国会議員懇談会、通称国語議連が超党派による六十四人で発足いたしました。平沼赳夫衆議院議員を会長に、私が事務局長を務め、自民、民主、無所属など、現在、所属議員八十一人となっておりますが、第一に、穴あき五十音図のや行の「ゐ」と「ゑ」の是正、第二に、国歌君が代表記の是正、第三に、次代を担う若者が、日本の誇る古典や、漱石、鴎外といった美しい作品を原文で味わうことができるような社会の実現を掲げております。

 そこで、政府といたしまして、こうした古典を初めとした美しい日本語に親しむことができる社会を是とするのか非とするのか、また、国語議連の運動方針についてどのようにとらえているのか、お聞かせください。

○塩谷国務大臣 ただいまお話ございました国語を考える国会議員懇談会の考え方については、基本的に私どもも同感だと考えておるわけでございます。

 特に、学習指導要領を改訂いたしまして、これは御案内のとおり、教育基本法も改正した、その理念に基づいて改訂したわけでございますが、小学校の低学年、中学年及び中学校の第二学年の国語の時間数をまずふやすということ、そして、古典、漢字の指導あるいは文学教材の充実を図っている。

 そして、具体的には、小学校中学年で新たに、易しい文語調の短歌や俳句の音読あるいは暗唱を位置づけておりまして、また、現行に比べて、歴史的な仮名遣いの、今お話ありました「ゐ」や「ゑ」に触れる機会をふやしております。

 また、中学校において、今お話ございました、代表的な近代以降の作家としての夏目漱石や森鴎外などの作品を取り上げることについても新たに規定をしましたし、言葉の決まりや敬語の指導については、社会生活で適正に使えるようにということを重視して改善を図ったところでございまして、国語科における指導内容の充実をしているところでございます。

 この指導要領につきましては、小学校は平成二十三年、中学校は二十四年からの完全実施を予定しておりまして、今現在、準備の段階でしっかりとこれに対応してまいりたいと考えております。

○林(潤)分科員 この学習指導要領は本当にかなりの前進がありまして、私どもといたしましても期を同時にして、この文語の問題、原文を英語と違うような形で、英語と同じような形で古典をとらえていたら子供たちもなかなか接することが難しくなってくると思います。原文をそらんじて、後で意味や、あるいはそうした書きの方がわかってくるんじゃないかなというふうに思います。

 先ほどありました、や行の「ゐ」と「ゑ」についても触れる機会をふやしているというふうにおっしゃいましたけれども、今後、穴あきの五十音図と私どもは言っておりますけれども、この五十音図を、「ゐ」と「ゑ」を正式に学校指導の中で取り入れる意向があるのかないのか。ない場合は、なぜそれを取り入れないのか、これをお聞かせ願います。

○金森政府参考人 教科書に五十音図を掲載するかしないか、また、掲載する場合に歴史的仮名遣いを含めるかどうかは、各教科書会社の判断によるところでございますが、小学校や中学校の教科書の中には、五十音図への歴史的仮名遣いの記載といたしまして、「ゐ」や「ゑ」を記載しているものもあるところでございます。

 私どもといたしましては、先ほど大臣から御答弁申し上げましたように、小学校中学年で新たに、易しい文語調の短歌や俳句などの音読や暗唱を位置づけているところでございまして、教科書の中にも、そういったものを歴史的仮名遣いを用いて表現しているものもございます。

 したがいまして、今よりも歴史的仮名遣いの「ゐ」や「ゑ」に触れる機会、こういったものはふえてくるだろう、こんなふうに考えているところでございます。

○林(潤)分科員 大変によい取り組みだと思いますし、これまでの国語行政を考えると、この学習指導要領の改訂から非常に進むんじゃないかと私どもも期待をしております。原文、それから音質の問題もあると思います。こうした、や行の「ゐ」と「ゑ」にもしっかり使う意味があるんだということを、授業でもぜひ文科省の指導のもと教えていただきたいなというふうに思っております。

 次に、我が国の法律、法令や公文書におきます国語表記の基準について質問をいたします。

 昭和五十六年の十月一日付内閣訓令第一号の、「政府は、本日、内閣告示第一号をもつて、「常用漢字表」を告示した。今後、各行政機関においては、この表を現代の国語を書き表すための漢字使用の目安とするものとする。」とあります。昭和六十一年の七月一日付の内閣訓令第一号によりますと、「政府は、本日、内閣告示第一号をもつて、「現代仮名遣い」を告示した。今後、各行政機関においては、これを現代の国語を書き表すための仮名遣いのよりどころとするものとする。」とあります。

 しかし、すべてを一律に常用漢字、現代仮名遣いで表記をしてしまいますと、弊害も出てしまいます。例えば、国旗国歌法別記第二につきましては、君が代の歌詞、「いわお」という文言がありますが、正しくは「いはほ」と表記をしなければなりません。君が代は和歌であり、意味をしんしゃくした上で原文に忠実に従うなら、当然、わ行の「いわお」では間違いであり、現代仮名遣いで表記すべきではない例だと存じます。

 先ほどの「ゐ」と「ゑ」のこともありましたけれども、小学生が親しむような小倉百人一首の中でも、声という文字ですけれども、表記に、や行の「ゑ」が出てきます。本来の意味や音質を知るならば、や行の「ゐ」と「ゑ」というのも五十音図に、すべての教科書にやはり載せるべきではないかなというふうに思っておりますし、使うべきとき、使わないとき、その区別をやはり知ってもらう必要があると思います。

 また、改正教育基本法には「涵養」という言葉が出てきますが、私、確認したところ、衆議院と参議院で表記が違っておりました。いただいた資料では表記が違っておりました。「涵養」にルビを振るならば結構ですが、「涵」の字が平仮名というケースが出てきて、非常に間が抜けたばかりか、法律の文章の部分で最も肝となる部分でありながら、意味が薄まってしまうのではないか、こんな懸念をいたしました。

 このように、口語表記によりまして言葉本来の意味が失われたり、常用漢字にないから平仮名と漢字をまぜることで熟語本来の意味が薄められてしまうようなケースがあっても、行政機関がこうした訓令を金科玉条のごとく大切にして、絶対的、盲目的に現代仮名遣い、常用漢字にこだわって表記するのはどうしてでしょうか。

 そして、あくまでも目安という文言があるわけであります。目安というのは、通常、絶対的な基準ではなく、例外かどうか照らすべき表記については個々に判断し、そのように表記した理由を明らかにしなければならないと考えます。

 目安やよりどころの定義について、さらに、例外かどうか検討すべき表記についてはどうするのか、お聞かせください。

○高塩政府参考人 先生お話ございました漢字及び表記の問題でございますけれども、現在の漢字表につきましては、昭和五十六年に内閣告示、訓令として告示したものでございますけれども、この中では、法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活におきまして、現代の国語を書きあらわす場合の漢字使用の目安を示すものであるというふうに考えております。したがいまして、この表につきましては、科学、技術ですとか芸術その他専門分野の個々の表記まで及ぼそうとするものではないというふうに理解しております。

 ただ、先生お話のございました法令、公用文書におきましては、各行政機関が法令や公用文書におきまして、漢字使用につきまして、常用漢字表を踏まえるよう求めているところでございます。

 こうした点は必要だと考えておりますけれども、ただ、先生から例示のございました漢字の「涵養」という文字でございます。「涵養」の「涵」、この漢字は現在常用漢字表にはございませんけれども、「かん養」、こういう漢字仮名まじりで書きますとかえってわかりにくいということがございまして、必要に応じてルビを振るなどの配慮をして常用漢字表以外の漢字を使用するということは認められているところでございまして、現実におきましても、文字・活字文化振興法などにおきましてルビつきの「涵養」というものが使われているというふうに理解しております。

 また、先生お話のございました現代の仮名遣いの話につきましても、これも昭和六十一年に現代の仮名遣いという内閣告示を行っておりまして、これに基づいて、法令や公用文書においては使用することを原則とする、こういう形で今日とり行われておりまして、こうした形の中で例外というものはあり得ると考えておりますけれども、基本についてはこの内閣告示等に沿うものだというふうに考えているところでございます。

    〔主査退席、寺田(稔)主査代理着席〕

○林(潤)分科員 例外があり得るということを先ほど答弁でおっしゃいましたので、この例外のことについてはきちんと議論をしていただいて、先ほどの「涵養」をルビを振っていただいたことは例外に当然当たるんでしょうけれども、やはりそうした言葉の意味を失わないような形での表記、これを大切にしなければいけないと思います。

 そして、先ほどの質問に関連いたしまして、そもそも常用漢字表というものが必要かどうかについて質問をさせていただきます。

 例えば、乖離、間隙、拉致、よく使う言葉でありますが、常用漢字のみで表記するとなると漢字と平仮名をまぜて表記をしなければなりません。かなりぱっと見た印象は間抜けな感じがいたします。本当にこれでいいのかと思います。

 私も新聞記者の出身ですが、新聞の表記は、義務教育を終えた人にはすべて理解できるようにと、できるだけ平易な表現に加えて、固有名詞などを除いて、原則として現代仮名遣い、常用漢字に表記を統一しております。こうした中、常用漢字が新たに追加されたことは悪いことではないでしょう。しかし、こうした法令、公文書や新聞の表記こそが、むしろ国語に親しむ機会、美しい日本語に親しむ機会を抑制しているのではないかとも考えます。

 そこで、常用漢字表は国語施策として必要であるのか、その意義とメリット、デメリットについて簡潔に御答弁願います。

○塩谷国務大臣 ただいまの常用漢字表が必要かどうかという御質問でございますが、先ほど来答弁の中でもお話ししておりますように、また委員からもその内容に触れておりますが、やはり一般社会生活において、現代の国語を書きあらわす一つの目安というものが必要だと思っておりまして、これは時代の流れの中で見直しをして、現在も本年三月十六日から四月十六日、この試案の意見公募を行っているところでございまして、やはり一つの社会の中で、社会生活に必要と思われる漢字を明確にして、それを基本として、特に公文書とか法令とかあるいは新聞、雑誌等に使っていただくということで、しかしながら例外を認めているところでございます。

 こういった国語の問題、特に今その見直しがされているような状況にもなってきておりますので、我が国としても、そういった状況を踏まえて、今後この常用漢字をまた拡大していく、あるいはこの必要性も今後また議論しなければならないと思っておりますが、今の段階でこれを一遍になくすということは、やはり基本的な教育の面も、どこまでそれでは漢字を教えたらいいかということも実はかかわってくることでございますし、そういった点で、国民の言語生活の円滑化とかあるいは漢字習得の目標等を明確にするためにも、一定の常用漢字のあり方というのは評価されるべき、また必要であると考えております。

○林(潤)分科員 大臣御答弁なさったように、書きあらわす目安は私も必要だと思っています。もちろん、すべて歴史的仮名遣いでやって旧漢字にせよと言っているわけでも全くございませんし、ルビを振るなりして、適材適所に応じて、これからさらにこれは弾力的にやっていただきたいなと思います。先ほど言った三つの言葉なんかは、私はやはりこれは漢字にした方が意味がきちんと通りやすいのではないかなと思っています。

 国語分科会の漢字小委員会でも、常用漢字表の見直しは必要であるという共通認識があります。漢字表が必要かどうかも含めて、政府として大いに参考にしながら今後の国語政策に生かしていくことを期待いたします。

 もう時間が迫ってきましたので、最後、端的に伺わせていただきますけれども、世田谷区の日本語の教育特区について質問させていただきます。

 国語議連でも、特区で使われている教材を題材にして、実際に子供たちに教えている先生を講師に招いて、教材の内容や授業について意見交換をいたしました。今週も区内の小学校の日本語授業を視察に訪れる予定であります。

 小学校の学習指導要領も改正され、古典についても高学年から低学年も親しめるようになったと聞いています。小学校の方は早くとも平成二十三年の学習指導要領実施だとお聞きしましたが、政府としてこうした世田谷区の教育特区の取り組みをどのようにとらえているかという点であります。

 私が見たところ、特区の子供たちは日本語の授業が本当に好きだということであります。また、子供たちは和歌や漢詩を原文のままそらんじ、意味や書けるように徐々になっていくと聞いております。また、古典に親しんでいる子供を見ることで、保護者たちもまた古典に対してもっと理解を深めようと啓発されて、こうしたことをきっかけに美しい日本語も覚えたり親子のきずなも深まったりするなど、プラスの連鎖反応が報告されています。

 私はこうした特区の現象を全国的に広げたいと考えておりますが、政府としては、こうした世田谷区日本語特区の成果をどのようにとらえ、ほかの自治体にももしも波及をさせるにはどんなことが障壁になっているか、課題だと認識しているか、お答えください。

○塩谷国務大臣 世田谷区の日本語の授業については、私も昨年七月に実際に視察をしてまいりました。

 まず、教科書自体が古典も含めて大変な充実した教科書で、これは教育長が一生持てる教科書をつくりたいということで、まことにすばらしいものだと思っております。また、小学校の低学年から俳句や論語や、大人の内容のそういったものを暗唱することによって、すばらしい日本語の美しさや響きやリズムをしっかりと習得するようなことを意欲的に取り組んでおるわけでございまして、古典の指導やあるいは日本の伝統文化の学習については大変すばらしいものと認識をしておるわけでございます。

 この日本語の授業については特区という形で行われておりますが、実際に全国的にという点については、これはなかなか、そうはいっても簡単に先生方が教えられるものではないということで、世田谷区の方も相当訓練もしたわけでございまして、今後そういったこともあわせて一気に全国的にということはなかなか難しいと思いますが、この中で教えられている学習の内容については、今後まずは新しい学習指導要領の中で徹底すること、そういう中で、当然、日本語という教科について、大変この世田谷区のものは評価もされていますので、また今後検討していく必要があると考えております。

○林(潤)分科員 ありがとうございます。

 今後、こうした世田谷の特区の例を参考にして、ほかにも取り入れられるように、美しい日本語を子供たち、大人たちみんなが親しんで、日本を、そして日本人を好きになれる方向性をぜひ導いていただきたい、このように要望して、質問を終わらせていただきます。


 

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