5月10日
政治の信頼を取り戻せ「秘書とカネ、その実態は…その3」

 最も問題なのは、最低限の経費がかかるのはやむを得ないにしても、カネの流れが不透明になることです。

「カネのかからない選挙を実践せよ」という意見があります。私の後輩で、地方選挙を目指している友人の例を挙げましょう。私と年齢も近い彼は、街頭演説を一人で平日に毎朝2時間、続けています。街頭で配るビラは、通信販売で購入した格安の白い紙を使い、引き取った中古の印刷機で印刷しています。すでに数ヶ月も継続しているとあって、徐々に地域に浸透しています。カネはほとんどかけていません。大きな組織にも頼らない真のボランティア政治活動を実践しています。私は「彼のようにきれいな選挙をしていれば、絶対に政治とカネの問題は起こらないだろう」と感心しながら、活動を見守っています。

 ただし、こうしたクリーンなボランティア選挙を実践する彼もジレンマに悩んでいます。「人手をもっと集めたい」「組織や団体にももっと輪を広げたい」という要望と、ボランティアに仕事をしてもらうにしても、実費がかかるという問題があります。選挙のやり方を変えると、費用もかかります。戸別訪問は公職選挙法で禁止されていますが、後援会の加入の呼びかけやポスターを貼るための広報活動としてなら許されます。贈収賄にしても、政治献金をもらって陳情をこなす「通常の政治活動」と、職務権限のある政治家(役人)が、賄賂を差し出した業者に便宜を図る「贈収賄」と線引きが難しいのが実情です。つまり、何でも法律で規制できるものではないという意味です。

 必要なのは、透明性です。経費がかかったなら、正々堂々と収支報告書に記載すればよい。それを記載しないでこそこそと隠したり、私的に流用したり、脱税したりする事件が発覚するのだから信頼がなくなるのは当然です。私は個人的には企業や団体から献金をもらうことは、やはり政治癒着の温床になると考えます。だが、最終的にはリーダーたる政治家の信念と道徳性にかかっているといっても過言ではないでしょう。

 有権者は政治家を見る目を養い、まずは投票所に行くことです。政治不信は頂点に極まり、リーダーは不在で、投票したい人もいないかも知れません。しかし、白票でも消極的支持の一票でもいいから、大切な政治参加の一歩だと思って投票所に行ってください。政治家は、本当に日本の将来を思って、リーダーたる自覚を持ち続けるべきです。公私の区別をはっきりとさせるべきです。

 ドロナワ式に企業献金廃止やあっせん利得の改正など法律を変えることで、少しは良くなるでしょう。だが、こうした法改正で政治とカネの問題が解決した例があったでしょうか。

 私の尊敬する西郷南洲先生をはじめ、明治維新のリーダーを考えると、彼らもまた、三井家などスポンサーから「日本の将来をこいつに託したい」「これでたくさん勉強してほしい」など援助を受け、倒幕と明治維新を成し遂げました。それがわずか数十年で政党政治が成熟すると、財閥と政党の癒着が顕著になり、その結果汚職が起こり、腐敗が著しくなりました。西郷先生の遺訓でも、明治維新のほかのリーダーたちが贅沢な暮らしと、派手なお金の使い方をするのを戒めています。

 政治の信頼回復をを考えるなら、日常の政治活動や選挙にどれだけ大きな経費がかかっているか、また公設秘書だけで政治活動をすべてこなせるかなど実態から、法や制度の改正に結びつける一方で、違法行為をしないようなさらなる厳罰で臨むよう、リーダーたる政治家は襟を正さなくてはなりません。

 政治家は多くの国民の負託を受けて仕事をしていますからこそ、個人の資質が一番大事だと思います。すべては政治家個人がそうした誘惑に勝てるか、リーダーの自覚があるか、国益・国民益を尊重しているかなど資質にかかってきます。私もこうした主張に恥ずかしくないよう、これからも勉強と研鑽を続けます。(終わり)




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