text12月30日
 今年2005年も残すところ2日。ホリエモンは「過去振り 返らない」としていますが、私にとってはまさに激動の一年 間でした。衆議院議員となって4ヶ月。今年初頭には まさか選挙がある年とは思わず、毎年靖国神社で行って いる当選祈願をいたしませんでした。しかし、選挙は大勢 の皆さんと力を合わせ、力で勝ち抜くものです。神頼 みではいけないと強く認識した一年でもあります。多くの応援 してくれた皆さんの感謝をこれ以上感じたこともない一年でした。

 8月8日に郵政法案が参議院で否決され、解散総選挙 となった時、「自民党の内輪もめで選挙やっても果たして国民 の理解を得られるか。しかし、地元の支援者の皆さんの負託に 応えるためには」と悲壮な決意で再挑戦を目指したのを思い出し ます。8月15日に党本部で小泉総理とツーショット写真を撮り、 公認証を授与され、急いで地元に向かいました。
地元では前回2003年の選挙から1年9ヶ月、落選翌日 から雨の日も、風の日も駅頭に立ち、政策を訴えてきました。
運動会、お祭りなどあらゆる会合に顔を出してきました。
小さな会合も進んで出席し、親睦を深めてきました。
頼まれごとは力不足でも、先輩議員につないで果たしてきました。
ポスターを貼るために何件も何件も歩いてご挨拶 を続けました。浪人中で名もない30歳そこそこの青年をすぐに受け 入れてくれる家も初めはそうそうはありませんが、徐々に浸透してい きました。こうした活動が花開くか、選挙の結果にかかっていました。

 思えば、29歳で新聞記者を辞め、苫小牧港からフェリーで 大洗港までやってきました。持っていたのは中古のレガシーと、 幾ばくかの退職金、預貯金、生命保険の切り崩し金でした。
祖父が住んでいた鎌倉の家は10年も人の手が入っておらず、 庭はジャングルのように草が生い茂り、家の中は害虫の巣。 雨漏りもひどく、壁一面がカビだらけでした。とても人が住 める状態ではありません。しかし、政治家となって国を変え たいという思いが、苦しみを支えていました。その頃、公認を もらえるあてもなく、地元でほとんどの人から相手にされない日々 もありました。初回は落選でしたが、当時の手ごたえがその後に 浪人を続けるバネになったことは言うまでもありません。だが、 浪人しつづけることさえも限りがあったのです。

 自民党の内規には、小選挙区の公認権は原則として2度まで となっており、2度連続で落選すると、公認権が消滅する仕組み となっています。私たち2度目チャレンジ組は、まさに「崖っぷち」。
2度目を落ちた場合、公認のあてもなく政党助成金も支給され ない状態で無所属による(勝ち目の薄い)3度目の立候補を するか、あきらめるかの二者択一を迫られていました。
マスコミに露出が高い議員はいずれも一回目の出馬で初当選 していますが、地道な活動を続けてきた二回目の新人にももっと 光をあててほしいと思います。将棋盤の盤上から消される危機を 肌身で受けながら、生きるか死ぬかの戦いを生き抜いたのですから。

 選挙結果は圧勝。83人の新人中、小選挙区当選は36人で、 うち1万票以上の差で安定して当選したのはたった20人です。
私は次点と約4万2000票の差をつけましたが、新人の中で、 次点との票差は、2位の成績です。得票率は、83人中4位の 成績(52.5%)です。テレビの当確も投票締め切り直後に 出ており(テレビ神奈川20時、NHK(20時15分)、新人では一番 早かったと聞いています。本当に応援してくれた皆さんのおかげです。

 初登院の心境は先に書いた通りですが、また違う世界でした。
これまでは、選挙に勝ち抜くだけが至上命題でした。新しい一歩 であったことは間違いありません。

 選挙から政治への転換期というべきか、特別国会は良い慣らし 運転期間となりました。多くは機関紙やHPで書いておりますので、 ほかの話題だと、一年生議員の親睦会である「ハチサン会」の ことです。写真は食事会のヒトコマで、総理や杉村議員、 佐藤ゆかり議員と写っています。一年生同士はライバルと思いましたが、 予想以上に仲良くいろいろと話せる環境でした。
その素人さがこれからの改革の原動力になると確信しています。 浪人経験があり境遇が同じ議員、政策的に主義主張を同じくする 議員、同世代の独身議員、厚生労働委員会で仲間の議員、 共通の先輩に可愛がられている議員�こうした仲の良い同期議員 もできました。

 また、よいスタッフにも恵まれました。一年生議員の秘書がなかなか 決まらないと報道がありましたが、私の場合は、周りの人の温かい 人脈に恵まれたせいか、すんなり決まりました。明るく元気が取り柄 の林事務所です。ほとんどが20代〜30代のスタッフです。
朝立ちや街頭遊説、他の事務所との折衝、陳情や会合の 企画および手配、スケジュール管理、書類の整理、文書の打ち込み �大変だったと思います。こうした私の政治活動を支えてくれる スタッフにも謝意を表します。

 私もまた、ホリエモンのように振り返ることをあまり好みませんが、 こうしたすべての人たちの温かい支えや励ましがなかったら、到底代議士 となる道のりを歩んでこれなかったでしょう。

私を例えるなら、SLのようなものです。情熱を持って、地のかよった政治を 実践します。良いと思ったことなら、動き出したら止まりません。
ある意味では頑固かも知れません。さらに突き進んで国益となる仕事を どんどんやる年にしたいと決意を新たにしています。




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